うろたえると病人は不安が増す
では、相手の心の声に耳を傾けるにはどうしたらいいのでしょう。
まずは、自分の心の中でおしゃべりするのをやめましょう。「がんなの?」「死んでしまうの?」と質問されると、「何て答えよう。変なことは答えられないし」とあれこれ考え込んでしまうでしょう。
ところが、どんなふうに答えようかあれこれ悩んでいると、相手の気持ちを推し量る余裕が出てきません。とにかく、心の中の自問自答はストップさせてください。
といっても、その場の対応法がわからないと、落ち着いて相手の気持ちも推じ量れませんよね。でも大丈夫です。
これからお教えする三つの答え方を知っていれば、ほとんどの答えにくい質問は乗り切ることができます。安心して、相手の気持ちに耳を傾けてください。
質問への対応法① 相手の言葉をおうむ返しにする
第一の答え方は、相手の言葉をおうむ返しにする方法です。たとえば、
「私、がんなのかしら」
と聞かれたら、
「がんなのかしら、って思っちゃうんだ」
と、間い掛けの言葉をそのまま返しましょう。すると、相手は、
「だって、なかなかよくならないし、入院してから長いし、これだったらやっぱりがんだと思っちゃうよ」
と続けてくるでしょう。そこでまた、
「なかなかよくならなかったら誰だってそう思うよね、不安だよね」
と続ければ、
「そう、すごく不安なの」
と相手も素直に胸の内を話せます。
こんなふうに不安やつらい気持ちに同感してもらうと、病人も満足できますし、「がんかどうか」という表の質問に答えなくても、会話はちゃんと成立していきます。
質問への対応法② それに対して聞き返しをする
二番目の答え方は、「どうしてそう思うの?」と質問する方法です。
「私、がんなのかなあ」
と間かれたら、
「どうしてそう思うの?」
と質問してみます。すると、
「だって、この点滴をやると気持ちが悪くなるから。気持ちの悪くなる点滴をするなら、がんかなあって……。私、点滴がきらいなの」
と相手は思っていることを話すことができます。そうしたら、その気持ちに寄り添いながら、会話を続けていけばいいのです。
そしてもし、患者さんの心の内を聞いていく中で、相手が真剣に「真実を知りたい」と希望していることがわかったとしたら……。
「知りたい理由」がはっきりしているときは、ちゃんと真実を話したほうがいいでしょう。
「仕事をきっちり整理したいから、告知してほしい」
「もし、治らない病気なら、死ぬ前にどうしてもやっておきたいことがある」
「子供も小さいし、これからのことを家族みんなで相談しておきたい」
などといった理由です。こういう場合は、真実を語って正面から本人と向き合っていくチャンスともなります。
質問への対応法③ 「答えられない」と素直に言う
いろいろ相手の気持ちを聞きながらも、どうしても答えられない質問にぶち当たるかもしれません。たとえば、
「治らない病気なら、自分の生活にしっかリケリをつけるためにも、病名を知りたいんだよ。頼む、教えてくれ」
と言われたとしましょう。ご家族であれば告知を真剣に検討するチャンスとなります。
しかし、あなたが患者さんの親戚、あるいはごく親しい友人であり、なおかつ家族から「絶対、病名を言わないでほしい」と頼まれているような、即答しかねる状況の場合は困ってしまいます。
こんなとき、どうすればいいでしょうか。
答えは「答えられない」とはっきり言うことです。答えられないと告げる方法にはいくつかあります。
「ごめんなさい。私は本当に知らないんです」
「悪いけど、私の日からは答えられない」
もし、事実を知っていたとしても、嘘も方便で結構です。
ここでいちばんやらないほうがいいのは、黙りこくってしまうこと。あなたが黙ってしまったら、相手は悪い想像をぐんぐん頭の中でふくらませてしまいます。
「この人が黙ってしまったのは、ものすごく私の病状が悪いからなんだ」
「もしかして、もうダメなんじゃないだろうか」
けれども、ここで「知らない」という姿勢をあなたがちゃんと見せれば、「ああ、知らないのでは仕方ないな」と一応納得させながら、その話題をおしまいにすることができます。
また、患者さんによっては、「自分が病気で苦しむことよりも、周りの人が病気の自分に気をつかいすぎて苦しんでいる姿を見るのがいやだ」という人もいます。
こういう患者さんの前で、あなたが口をつぐむと、患者さんは、
「私のせいで、この人に必要以上の心配をかけて苦しめてしまった」
とかえってつらい思いをしてしまいます。こんなときには、
「答えられないの。ごめんなさい」
という態度ではっきり断るほうが、患者さんは、「これ以上難題を押しつけてもいけないな」と思うことができます。
と同時に、「この人は無理をして、私に気をつかったりはしない人だ」と安心もできるでしょう。
また、もしあなたが「知らない」「答えられない」としか言えないことを申し訳なく思うなら、「それでも、私はあなたのために全力で助けたいと思っている」という姿勢を相手に見せればいいのです。
このときに自分ひとりで問題を解決しようと思う必要はありません。誰か責任を持ってくれそうな人に、問題をバトンタッチしていいのです。
具体的には、
「私は知らないけれど、誰か知っていそうな人にちゃんと説明してもらえるように頼んでみようか?」
「病名を知りたいと真剣に思っていることはよくわかった。」
「私は答えられないけれど、その気持ちをお医者さんやご家族に私から伝えておくょ」
と話してみましょう。
患者さんの決意が固いものであれば、「そうだね。お願いするよ」とか「私も先生に聞いてみるつもりだ」と答えてくるはずです。
もし、心に迷いがあって、ただあなたにグチを聞いてもらいたいだけならば、「そんなことまでしなくていいよ。ただ聞き流してくれればいいから」とか、「家族にこんなこと言ったら困るだろうから、家族には言わないでおいて」「ほんとは先生に聞くのは怖いからいいわ」と答えるでしょう。
そう言われたら、その場で病人の話を聞いてあげるだけで十分なのです。